2025/02/04 16:24
現在、生成AIをはじめ、量子コンピューターや半導体など、多くのところで新しいものが誕生し、それに光が当たっています。
僕は性格柄、【ロマンあふれてんじゃーん】といつだって感度ビンビンですが、
しかしながら、良し悪しを問わず、世の中の多くの仕事というものは特に何も生み出していません。
これは別に悪いことでもなく、私たち料理人も誰かの料理のアイディアをパクったり、またパクった内容をアップデートしたりしているだけです。
また、スーパーの仕事は卸売から買った商品を棚に並べているだけといえばそれで終わりです。
現在、この世の中にある多くの仕事は大して何も生み出していない反面、エヌビディアやオープンAIなどの、今までなかったものを新しく作り上げるゼロイチ振興を重視する世の中になってきていると思います。
確かに私も料理をやっていて、誰も思いつかなかった技法や、誰も作ったことのないお菓子や料理を生み出すことにロマンは、ロマンこそは、感じています。
しかしながら、残念なことに、この世の中ではゼロイチ振興が優位であるという考えの人がとても多いと思っています。
もしゼロイチ振興が本当に正しいのであれば、私は全く無力です。
しかしながら、私は私自身がゼロイチ振興が正しいとは全く思っていません。
無力だからこそ自分を肯定しているのではなく、ゼロから新しくイチを生み出すこと以外にも、追求する楽しさが他にあると思っています。
私はカヌレに関しては誰にも負けない自負を持っています。
しかしそんなカヌレは、今まで一度もレシピを変えていないし、カヌレ自体は特段新しいものではありません。
そういう見方をすると、私は新しいものは何も生み出していないけれども、今まであったものをより良くしていこうという改良の興味は尽きません。
ゼロイチ振興が人々の目標となり、その振興のせいで人の評価が決まる現在の世の中で、愚直に真っ直ぐにコツコツと何かをアップデートしていく人は、とても軽く見られてしまっていると思っています。
確かに新しいものにはロマンがあります。
誰にも作ったことのない料理やお菓子を作るということは、自尊心も高めます。
しかしそれだけで自尊心を高めていくことしかできなかったり、それだけが社会の優位性となる世の中は、とても悲しく思います。
社会はきっとそういうものではないはずです。
多くの何も生み出していない人の力で回っていることもまた事実でしょう。
世の中にはイノベーティブな人は少なからずいます。
しかしそのイノベーティブな人も、そのイノベーティブを支えてくれる人がいなければ、革新的な改革は起こせないし、その持続性も維持できません。
私は決して頭が良くないし、決してクリエイティブな方ではないけれども、ただ地味に、ただ孤独に、ただ独自の興味を持って何かを取り組むことが得意です。
きっとこれは2025年という年が明けて、時間が経った今でも変わらないし、きっとAIが人間を超えたり、人間がAIを使いこなす日々が当たり前になったとしても変わらないと思います。
変わらないことにこそ惹かれることもあっていいのかと思っています。